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「自分で考える力」はこうして生まれる!自分の意見をはっきり言える子・言えない子の違いは?

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こんにちは

コロモチです。

今回私はアドラー心理学について話したいと思います。
「自分で考える力」はこうして生まれる!
自分の意見をはっきり言える子・言えない子の違いは?

みなさんの周りにもませんか?

自分の意見をはっきり言える人・言えない人
もしかしたら、子供の頃の体験が影響しているかもしれませんね。

自分の意見をはっきり言える子・言えない子

あるテレビ番組で、
小学生に、将来なりたいものをインタビューしている場面を見たことがあります。

ある子どもは、

「有名高校、有名大学に入って一流企業で働きたい」

と答えていました。ほかの子どもたちは

「医者になりたい」「弁護士になりたい」

と答えます。

隣では、お母さんが
「この子は小さいときからこう言ってるんです」
とうれしそうに笑っています。

はたして、
本当に彼らの夢は一流企業で働くこと、医者や弁護士になることなのでしょうか?

自分の意見をはっきり言えない子は

大人の尺度でいうよい人生を送るために、
親たちの間で繰り返し言われている言葉を、
いつのまにか子どもが目標にするようになっただけではないでしょうか?

実際、幼稚園児のお母さんでさえ、
「僕、お医者さんになりたい」
とわが子に言われると、うれしそうな顔をして子どもの頭をなでてあげます。

自分の意見をはっきり言えない子どもは

「お母さんはこれを言うと喜ぶんだ」と分かると、

誰に聞かれても
「お医者さんになりたい」
と答えるようになります。

大人たちもいいかげんなもので、
子どもの言葉を

「すごいね」

と訳もなく子供を褒めます。

自分の意見をはっきり言える子・言えない子の
「自分で考える力」とは違ってきてしまいます。

そして、
子どもは自分の夢や希望というよりも、親を喜ばせるための
人生を選んで進んでいってしまうのです。

次途中で燃えつきてしまう子どもが有名大学に入るためなら、
親は一生懸命にわが子の塾の送り迎えをしたり、
講習にかかる費用を出したりします。子どもも親の期待に応えようと、
必死に勉強します。

こうして、子どもは大学に合格すると、高い学歴を手に入れます。

つまり、
自分の意見をはっきり言えない子の

親からのプレゼントにすぎないのです。

こうして親の望んだ大学に入学した子どもの中に、
やる気を失ってしまい、五月病に悩んだり、脱力感に襲われたりする
ケースが少なからずあります。

これは、いままで親の目標を自分の目標と勘違いして生きてきた子どもが、
いざ、その目標に到達してしまうと、つぎの目標を見失ってしまい、

自分一人で自分の人生を選んで歩んでいけないからです。

ここで、
自分の意見をはっきり言える子・言えない子の
親からのプレゼントなのか、幸せのものだったのかが明らかになります。

子供が生きていく道は無数にあります。 親が希望して提示するごくわずかな将来像に
縛られることなく、子どもはたくさんの選択肢から選ぶことができるはずです。

子どもは、自分で人生を選んでいくことによって、はじめて自分にとってプラスな
ことを手にできるのです。

やっと芽を出した「夢· 向上心」をつみ取らないで!

例えば、絵を描くことが好きな男の子がいました。

男の子のお父さんは、

「絵なんか描いていたって、将来、なんの役にも立たない。
しっかりした大学を出世しないとダメだぞ」

と言います。

男の子は親の言葉に反発することなく、
言われるとおりに一流大学へ進学しました。

お父さんは

「うちの子はすごい」

と鼻高々でしたが、彼は入学したあと、どうすればよいかわからなくなっていました。

本来の彼の夢でも目標でもない学校に入ったわけですから、
やりたいことがないのは当然です。

そして、すっかりやる気をなくし、
まるで人生のすべてを失敗ったかのようになります。

彼は、「つぎは一流企業に入ればいいんでしょうか」と考え始めるのですが、
自分の人生がほとんど人ごとのようです。
そして、彼は絵を描くことが好きだった頃のことを思い出します。

その後、美術のサークルに入り、仲間もでき、毎日が楽しくなってきた様子になりました。
彼は大学をやめて美術学校に通っています。もちろん、彼が大学をやめたいと言ったとき、
お父さんはあまりいい顔はしませんでした。

しかし、すこし遠回りを認めたとしても自分の人生を自分で選んで、
着実にプラスになるものを得るために努力している、いまの彼のほうが輝いて見えます。
自分の意志をもって考え、決定できる子どもは、人生を肯定的に見ることができます。
そして、いつか年をとり、生きてきた道を振り返ったときに、
満足した人生だったと言うことができるでしょう。

肯定的に物事をとらえられる人は、何事にも前向きな態度で、やる気をもって取り
組むことができます。

例えば小学校の学級会で、

「校内をきれいにするには」
という議題が出されて話し合ったとしましょう。

ある子は
「花壇の数をふやす」と言い、

またほかの子は
「掃除を徹底する」と考えて発表します。

このように、話し合いに積極的に参加できる子とは反対に、誰かが考えてくれるだ
ろうと、まったく話し合いに参加しない子がいます。

「みんなが考えてくれるだろう」
「決まったら、それに従うよ」

という子どもたちです。

困った問題をなんとか解決しようと積極的に考えられる子どもは、
自分を好きな子だと言えます。
いま、自分に何ができるかと前向きに考えられない子どもは、
人生全体をとおして前向きに生きることがむずかしくなります。

子供のころから、前向きに考えられないと、
自分にとって都合が悪い出来事が起きたときに、
人のせいにするようになります。

周りのせいで、がんばってもどうにもならないからやめてしまえ、
と努力することさえやめてしまうのです。

向上心もだんだんなくなり、
いつまでたっても消極的で受け身の人生を送ることになるのです。
結果だけでなく、努力した過程を評価できるか否かで、
今後の人生を楽しく過ごせるか過ごせないか、大きく違ってきます。

自分の欲望がすべて満たされる一生などありえません。
たとえ、失敗や挫折に遭遇しても、一生懸命やった自分に幸福を
感じることができれば、つぎもまた抵抗なく努力することができます。

自分を好きならば、たとえ欲しいものが手に入らなくても、
けっして不幸ではないのです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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